用不用説(ようふようせつ)は、ラマルクによって提唱された進化論で、進化の推進力を説明しようとするものである。よく用いる器官は発達し、そうでない器官は萎縮退化することで進化が起こったとする。
ラマルクは無脊椎動物の分類研究を元に、動物の体の仕組みが簡単なものから、次第に高度なものへと変化することで高等な動物が生まれたのだとの確信を得て、そのような変化の起きる仕組みとして、次のような説明を示した。
動物がその生活の中でよく使う器官は、次第に発達する。逆に、はじめから存在する器官であっても、その生活の中で使われなければ、次第に衰え、機能を失う。このことは、我々の体でも起きることであり、自明のことと言ってよい。
そこで、彼はこのようにして生涯の間に身につけた形質が、子孫に伝わるのだと考えたのである。野外では、多くの動物は一定の環境下で何千、何万年にもわたって世代を繰り返すから、世代ごとの蓄積は少しであっても、それが続くことで次第に大きな変化となると考えたわけである。
よくキリンの首が引き合いに出される。キリンはほ乳類の中にあって、他のものと比べて異様に首が長い。それを進化で説明しようとすれば、元は首が短かったと見るのが当然である。そこで、キリンの首が長いのは高い枝にある木の葉を食べようとして、いつも首を伸ばしていた。そのために次第に首が長くなり、大人になるまでには首が長く、強くなる。そのようなキリンが子供を生めば、生まれた子供にはその形質がわずかに伝わるので、親が生まれたときよりも、その子供の首は少しだけ長くなっている(はずだ)。キリンはそのような生活を何千年にもわたってアフリカのサバンナで繰り返していた。その結果長い年月の間に首が伸びたと考えるものである。
彼の進化論は、生物側に変化の主体性があるのが特徴である。
ラマルクの進化論は多くの学者の注目を引きつつも、批判が多かったようである。特に、獲得形質の遺伝の可否については、すぐにさまざまな問題点が指摘された。特に有名なのは、ワイスマンがネズミを使って行った実験である。彼はネズミの尾を切り取り、それを育てて子を産ませ、その子ネズミもしっぽを切って育て、それを22世代にわたって繰り返し、ネズミの尾の長さに変化が生じなかったことを示した。
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これに対してラマルク擁護派の反論は、”ネズミにとっては尾は必要な器官であるから、使わなかったのとは訳が違う”というものである。事実、ラマルクは自説の中で、怪我は獲得形質に含まれない旨の説明がある。しかし、生物側でその区別がどうやってつくのかは説明できない。
この実験への批判としてもう一つ可能なのは、実験期間が短すぎる、というものである。せめて100年続ければ、何か結果が出たかも知れない。これは、進化に関する実験の難しさでもある。
ラマルクの用不用説は素朴でなじみやすいが、科学的説明としては問題も多く、その後そのままの形でこれを主張するものはいなかった。しかし、生物側に進化の主体性を求める主張は繰り返しあり、そのような主張をネオ・ラマルキズムと呼ぶ。
チャールズ・ダーウィンの自然選択説が発表されたことで、進化論の正当性が認められ、進化論の中心はその後はずっとダーウィニズムと、その継承であるネオ・ダーウィニズムへと続くことになるが、その理論は完全に機械的で、その説明によれば、生物の進化は偶然にのみ左右されるように見える。そこに疑問を感じてネオ・ラマルキズムに近づくものがいるのも事実である。